大判例

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大阪高等裁判所 昭和41年(う)1660号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮三月に処する。

但し本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、京都地方検察庁舞鶴支部検察官事務取扱検事服部光行作成の控訴趣意書に記載のとおりであるからこれを引用する。

論旨は要するに、原判決が本件の本位的訴因並びに予備的訴因について、被告人が「この凍結の程度を前方注視によって正確に判別できたかどうかは疑問である」とし、「急角度にハンドルを切った事実はうかがえない」「ハンドル操作が被告人の不注意によるものであることは証明不十分である」「運転者に期待しうる注意のみによっては事故の発生を防ぎえないこともあろう」と判断し、いずれも被告人の過失を否定して無罪の言渡をしたのは、証拠の取捨選択ないしは価値判断を誤って事実を誤認し、ひいては刑法二一一条の業務上の過失に関する解釈適用を誤ったものであるというのである。

よって原審で取り調べたすべての証拠に、当審における事実取調の結果を参酌すると、まず、原判決中原審が本件事故の概略として記載した事実については、ほぼこれを肯認することができる。すなわち、右の証拠によると、被告人は、原判示のように、昭和三六年九月普通自動車運転免許を受けてから常時関西電力株式会社舞鶴現業所山陰保線所の自動車を運転して通信機械の運搬等の職務を担当していたが、同三八年一月一九日午前八時二〇分頃、所長高橋松夫、所員嵯峨根行雄、荒木正直、藤本米太郎を原判示貨物自動車の助手席と後部荷台に分乗させ、原判示橋谷発電所の電力線搬送、電話線修理のため右保線所を出発し、午前九時過ぎ頃、かねて通りなれた原判示の舞鶴市字志高四三二番地先二級国道明石舞鶴線の本件現場付近にさしかかった。途中は小雪が降っていたが、そのため見通しを妨げられる程ではなく、ただ道路が凍結していてスリップしている車があったため、同乗の前記高橋所長から安全運転をするよう再三注意を受けていた。本件現場付近の右側は、小高い山林のがけに接し、左側は約二メートルの急斜面によって下の畑地に連なり、道路の幅員は約六・五メートルであるが、両側によけられた約五〇センチメートルの高さの雪のため有効幅員は約四・八メートルになっており、路面は、非舗装であるが、道路中央から両側端にかけてやや低く傾斜したかまぼこ状となっていてその凍結と相まって極めて滑りやすい状況であった。被告人は、出発前、後車輪に滑り止めのタイヤチェーンを取り付け、道路左側部分を時速約二五キロメートルの速度で南に進行し、永野重方前のカーブを過ぎ西(実況見分調書及び当審以外の裁判所の検証調書では、いずれも本件道路が南北に通じているように記載されているが誤である。)に向ってから、左側にスリップすれば道路外に転落するおそれがあると考え、前方道路の見通しがよく、対向車もなかったので、進路を少し右寄りに変えようとしてハンドルを右に切った。ところがその瞬間、車体に横揺れを感じたので、被告人は直ちにハンドルを左にもどしたが、続いて今度は後輪がスリップし始めた。被告人は、ブレーキを中くらいに踏んだが、そのまま進路をやや左に向けたまま真直ぐに一六メートル余り進行し、道路左側に落下寸前、ブレーキを強く踏んだが及ばず、道路の左側端から畑に、自動車を裏返した形に転落し、後部荷台に乗車していた前記荒木正直と藤本米太郎とを車体の下敷きにし、荒木を死亡させ、藤本に重傷を負わせた。以上の事実が認められる。そこで、被告人の過失の有無について判断するに、当裁判所は、結論として、本件事故の原因は、前記右、左への急激なハンドル操作及びその際における進行速度にあると考えるのである。すなわち、被告人の直ぐ左側にすわっていた高橋松夫の司法警察員に対する供述調書中「舞鶴市字志高小字長野の地内にはいってカーブのところを右に回って直線の場所にさしかかった時に、自動車が急に右によったと思ったらまた急に左によった途端に、自動車がふわっと落ち込んで行く感じがした」旨の供述(五一丁裏)、同人の差戻前の第一審証言中「警察で急に右によったり、左によったりと言ったのは時間的にということで角度のことではない」旨の供述(八一丁)、同人の当審証言中右同旨の供述、被告人の検察官に対する供述調書中「スリップで転落したら困ると思い一たん右側の山手の方へハンドルを切った。この切り方が少し過ぎたと感じて左に切り替えたが、その切り方が少々度が過ぎて突然スリップとともに道路左側から転落した」旨の供述(一一九丁)、並びに被告人が右にハンドルを切ってから左に切り替えるまでに進行した距離は、被告人の指示によれば、差戻前の第一審検証調書では二・六メートル、右控訴審の検証調書では四・五メートル、原審検証調書では五・三メートル、当審検証調書では三・三六メートルとなっていて必ずしも明確ではないが、当審証人細井三郎、同柴田想一連名作成の鑑定書並びに同人らに対する各証人尋問調書中「右の距離が二・六メートルとすれば、そのように早く左にハンドルを切ることは実験的には可能であっても路面走行においては不可能に近いものであり、五・三メートルの場合であっても、時間的に急激なハンドル操作の範囲に含めるのが妥当である。」旨の記載を総合すると、被告人の右左へのハンドル操作が急激になされたことを認めることができる。もっとも、同じく本件自動車に同乗していた嵯峨根行雄及び藤本米太郎は、いずれも自動車が転落直前において、右のように道路右側へ寄ったことを感知しなかった旨供述しているのであるが、右藤本は、後部荷台で運転台に背を向けてすわり寒さに耐えるために歌を歌ったりしていたものであって、右の動きに気づかなかったのは当然であり、嵯峨根にしても、同人は左側助手席の窓ぎわにすわっていたものであり、かつ、道路右側への動きは、前記のように時間的には急であっても角度は大きくなかったから、これに気づかなかったと考えられ、いずれも右認定を左右するものではない。ところで本件事故当時における道路の凍結状況は、舞鶴海洋気象台長の気象状況に関する回答書(二六七丁以下)及び前記実況見分調書によると、当日は前後数日に比して気温が低く特に午前八時頃から同一〇時頃までが最も低く、同九時において零下二・四度であり、事故現場付近の路面は凍結して非常に滑りやすい状態であったこと、ことに今西喜義、永野重に対する当裁判所の証人尋問調書によれば、本件現場は、自動車が雪を踏みつけて凍りその上に雪が降ったのをさらに踏みつけて凍ったという状態で自転車による通行も困難なぐらいであったことが、それぞれ認められるのである。従ってこのように路面が凍結し、そのうえに、幅員わずかに六・五メートルのかまぼこ型道路で片方は山のがけ、片方は急斜面下に畑となっている場所において、一たんスリップを起したときは、急停車のブレーキをかけることはかえって危険であるためある程度の距難を滑走方向にそのまま進行することは避けられず、従って山に衝突し、あるいは急斜面を転落する等の危険の存することは明らかであるから、自動車運転者としては、スリップを起さないよう運転に注意しなければならない。まず第二に、このような場所において急に方向を変えようとすれば、スリップを起す可能性が大きいことは自動車運転者としての常識であるから、急激なハンドル操作を避けてスリップを起させないように注意し、第二に、かりにスリップ状態になってもすみやかに減速停止操作によってそれから脱出できるようにあらかじめ速力を調節しておくべき義務がある。しかるに被告人は、右業務上の注意義務を守らず、前記のように右、左への急激なハンドル操作をしたためスリップを起させ、かつ、そのさいすみやかに減速停止操作によってできる限り短距離の間にスリップを解消できるような速度にしておかなかったのであるから、本件自動車転落の原因は、被告人の運転上の過失によるものといわなければならない。被告人が速度の調節を誤ったことは、前記認定のように本件自動車が左側路肩の積雪箇所においてほとんど停止寸前に転落しているところから考えても明らかである。

原判決は、被告人が前記凍結の程度を前方注視によって正確に判別できたかどうかは疑問であるというのであるが、被告人の原審供述によれば「自分は、会社を出発する前会社構内でスタートしてみて、ローからセカンドでブレーキを踏み「ごつい滑るど」といった。自分が思うよりよく滑った」(三一〇丁裏)というのであって、被告人には出発前から当日の道路凍結状況についての大体の認識はあったものと認められ、さらに、本件現場に至る途中でも、助手席の高橋松夫から前記のように再三スリップについて注意を受けていたこと、嵯峨根行雄の原審証言によれば、凍結状態は本件現場だけが特に異常というのではなく途中も同様であったことが認められることから判断すると、被告人が本件現場の凍結の程度を判別できなかったということはできない。

以上のとおりであって、原判決が被告人の過失を認めなかったのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認であるというの外はない。論旨は理由がある。

よって、その余の点に関する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらに判決する。

罪となるべき事実

被告人は、関西電力株式会社社員で自動車の普通免許を有し、同社舞鶴現業所山陰保線所に勤務して同所の普通貨物自動車(京四せ五〇二七号)の運転をその業務としていた者であるが、昭和三八年一月一九日午前九時過頃、右貨物自動車助手席に高橋松夫、嵯峨根行雄を、後部荷台に荒木正直、藤本米太郎をそれぞれ同乗させて運転し、小雪の降る中を舞鶴市字志高四三二番地先二級国道明石舞鶴線路上左側を、時速約二五キロメートルの速度で大江町に向って西進中、同所付近の道路幅員は約六・五メートルであるが、右側は小高い山林のがけに接し、左側は約二メートルの急斜面によって下の畑地に連なり、しかも路面は、非舗装であるが、凍結しており、かつ、道路中央から両側端にかけてやや低く傾斜したかまぼこ状となっていたため、極めて滑りやすい状況にあり、スリップによる事故発生の危険が十分予見し得たのであるから、このような地点を通過する場合、自動車の運転者としては、前方を注視し、不慮のスリップにも十分対処できるようにさらに減速するはもちろんのこと、ことにこのような場所で進路を急に右、左に続いて転ずることは、車体の安定を失するばかりかスリップを誘発し、事故発生のおそれがあるのであるから、厳にこれを慎しまなければならない業務上の注意義務があるにかかわらず、これを怠り、道路左側に約五〇センチメートルの高さで積雪があって路肩の状態の判断が困難なのに不安を感じ、漫然前記速度のままで右に進路を移そうとして急にハンドルを右に切り、車体の横揺れを感じ、あわてて進路をもとにもどそうとして急激にハンドルを左に切り換えたハンドル操作の過失によりさらに左への強いスリップが加わり、自車を左ななめに約一六メートル滑走させて路面左側二メートル下の畑地内に転落させ、よって後部荷台同乗の前記荒木正直及び藤本米太郎をその下敷きにし、荒木正直をして肋骨骨折の傷害により同日午後九時一〇分頃、国立舞鶴病院において死亡するにいたらせ、藤本米太郎をして加療約一年を要する頭蓋内出血の傷害を負わせたものである。

証拠の標目≪省略≫

法令の適用

法律に照らすと、被告人の判示行為は刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条、第二条に該当するが、右は一個の行為で数個の罪名にふれる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により重いと認める荒木正直に対する罪の刑に従い、所定刑中禁錮刑を選択して被告人を禁錮三月に処し、情状刑の執行を猶予するのを相当と認めるので、刑法二五条一項により本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

(裁判長裁判官 山崎薫 裁判官 竹沢喜代治 大政正一)

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